怪山展


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模型

怪山展

bjkl5335.gif青山にあるオモチャの骨董品店、ビリケン商会の三原宏元さんから、おまえ、やってみないか?と有り難い言葉をいただいてやらせてもらった初の怪獣人形展。
ぼくは当時、建築模型の会社に居た。2年目の夏。いくぶん慣れない仕事も慣れて、まだまだ一人前にはほど遠いのに、一人前の仕事を任されるものだから、けっこう緊張とストレスの毎日であった。
息抜きという事でもなくて、かといって、会社で行き詰まっているわけでもなかったので、たぶん、お祭り騒ぎが好きだから、喜んで引き受けたのだと思う。
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今にして思うと、その年の冬に会社を辞める。いろいろ一身上の分岐点になった。もし自分の中にイベントを成功させた奢りがあったとしたなら若さに免じてもらいたい。
ともかく、人に作品や仕事を見てもらうのは成長を遂げる最高の刺激になる。勉強になる。物を作ったり表現する人は恥を重ねて育つと実感する。
怪獣人形は、それまで作り溜めていたラテックス製の可動人形で、50センチ、100分の1サイズを基準にしたもの。
アルミ線で骨を作り、ウレタンを巻いて筋肉として、ラテックスの皮を巻いた。だから手間がかかる。
ラテックスの皮は当然、粘土で原型を作って、石膏で型を取り、そこへラテックスを流したもの。何度か塗って、乾燥する前にガーゼを間にはさんでいる。型くずれを防ぐため。硬くする所は、オガクズをラテックスに混ぜたものを使う。
そういう方法論というか技術のいくつかは、ウルトラマンの怪獣を作った高山良策さんに教わった。
おしかけ弟子みたいに、ぼくは高校の帰りに石神井の高山さんのお宅へ粘土原型を持ち込んで石膏のかけ方を教えてもらったり、針金を骨にして仕組んで口パクを仕掛けてもらったりした。
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材料ももらった。現在では手に入らない昭和の材料だ。
でも、ここで展示した50センチのシリーズは高山さんが亡くなってから作ったもので、それにしたって素人の遊びみたいなものだから、正統ななんかじゃない。要するに、オモチャみたいなもの。
それだからこそ、見に来て下さった方たちは感心してくれた。
ノートを置いたら書き込みをしてくれて、2冊になった。
期間は、86年7月1日から8月31日まで。足かけ2ヶ月のロングラン。
場所は経堂のホームランという、ビリケンの姉妹店。ふだんは古レコード屋さん。
一面のショーウインドウに怪獣を並べた。

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初代ゴジラ、モスゴジ、キンゴジ、メカゴジラ、キングギドラ、ラドン、モスラ、モスラ幼虫、モゲラ、アンギラス、ヘドラ、ガラモン、ペギラ、セミ人間頭部、ウルトラマン、バルタン星人、ネロンガ、レッドキング、大魔神、ギニョールのバラゴンとモスゴジ、海底軍艦、ムーンライトSY-3。
建築模型の会社でもらってきた使用済みの建物の模型を配置した。怪獣マニアだけでなく、夏休みだったので学生さんや親子連れが来てくれた。
美術系の学校の生徒さんの意見がかえって素朴で面白い。ある種の原始的な思いを感じてくれたようで、怪獣なんてふだんは知らない人の意見をいろいろいただいた。
ちらしがすぐになくなって増刷した。色と紙質を変えたのはそのためで、3種類、200枚ずつ刷った。

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遠藤諭さん(アスキー)、井上誠さん(ヒカシュー)、山本直樹さんに推薦文を書いてもらった。
形だけは、個展である。
この怪獣たちがふたたび表舞台へ出たのは99年頃のロフトのライブでだった。1日だけ、特撮好きなアーチストたちが集まってライブを開いた。その会場に、怪獣たちを配した。
ぼくがその頃世話になっていたのはロフトでもプラスワンの方で、ロッカーたちがたまに覗きに来てくれた。
だから、ロフトのライブで怪獣を引っ張り出した時は喜ばれた。
みんなおそるおそる触る。わ、柔らかい!などといって騒ぐ。
ま、怪獣なんてそんなものだ。
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なお、怪山ってなに?と言われるが、大した意味はない。
東京おとなクラブをやっていた遠藤さんと中森明夫さんが、当時、ぼくの事をそう呼んでいた。怪獣の山田だから、怪山なのだ。

この機会を与えてくれた三原さんには今でも感謝しています。ビリケンの方面に足を向けて寝られません。25才の暑い夏の思い出です。