お台場ガンダム


HOME > お台場ガンダム

and so on
雑感


(再録)

お台場に実物大のガンダム! 09-06-12

DSC15.gifお台場に、実物大のガンダムが設置された。夏季限定だそうだ。
実物大というのは、設定が18メートルなので、そのサイズ。つまり人間の10倍。
この大きさがいかにリアルかと言う事が、現地の模様からも伝わって来る。
なんせその前の巨大物のスタンダードはゴジラやウルトラマンの50メートル(ウルトラマンは40メートル)サイズだった。
これは、ミニチュアのスケールが25分の1なので、逆算したら2メートルの縫いぐるみが50メートルになったというわけ。
ミニチュアは大きく作るに越した事ないが日本では場所もなく、予算もない。そこで出た効果を出す最低のサイズが25分の1だった。
DS335.gif
日光の東武ワールドスクエアへ行けば、25分の1サイズの世界の都市や遺跡のミニチュアがある。実は、あの展示物は東宝が映画美術の経験を活かした管理、企画だった。ゴジラを持って行けば、そのまま映画の比率を再現出来る。
もちろんゴジラに合わせたわけではない。場所と予算で出したサイズだという事で。
この巨大ヒーローの50メートルサイズは70年代の量産時期でもそうだったし、現在でも、わりあい、踏襲している。
特撮だと常にミニチュアの効果を考えないといけないが、マンガやアニメはその心配はない。
人間の10倍、18メートルという大きさが登場したのは、「マジンガーZ」だった。
なぜ、永井豪がそのサイズにしたのか分からないが、マジンガーZは、鉄人28号を意識したと作者が語っていた。つまり、操縦器(リモコン)を使って操縦する鉄人に対して、マジンガーは操縦者が頭部へ乗り込むのだ。
鉄人は戦争中の兵器として開発された。大きさはおよそ人間の倍の4,5メートル。操縦器を持つ者によって正義にも悪にもなる。
マジンガーも、操縦者によって、正義になれば悪にもなる、とマンガでは語られる。
祖父の遺産として受け継いだ主人公は、人間の未来を託され、成長していく。マジンガーは悪に染まる事のない正義のロボットだった。
その違いを、永井豪は言った。
ぼくは当時、マジンガーという言葉に「大魔神」を思い出した。
戦国時代。領主の無謀な政策によって労働力として農民らが拉致され強制労働を強いられる。その家族が荒神として畏れられていたアラカツマへ祈ると、武神像は動き出し、荒ぶる顔へ姿を変える。大魔神は、どこまでも領主らを追い詰めて殺していく。荒神と言われるだけあって、この神様は怒ると後へ引かない。徹底的に壊滅を図る。少年や女性の清らかな涙や祈りによってのみ、怒りを解き、土へと還って行く。
その大魔神とマジンガーが、ぼくの中で重なっていた。
アニメではだいぶ恐い部分は省略されたが、マンガでの「マジンガーZ」はなかなか怪獣映画のようで、恐かった。
DSC0.gif
いやアニメそのものも、予算のかけられない中途半端な怪獣映画を凌駕する、かつての円谷英二印の東宝特撮を思わせるような巨大感やダイナミックな構図を描いていた。
70年代はともかく、このロボットの出現によってロボットアニメのブームが起きた。続編「グレートマジンガー」「グレンダイザー」、それに「ゲッターロボ」などたくさんの系列が生まれた。
そもそもアニメはディズニーへ対抗して60年代は映画館で大作が公開され、テレビの普及とともに場所をお茶の間へ移した。
日本のアニメは予算と時間がないので絵の数を減らすリミテッドアニメの手法を採っている。マンガを好む国民性に合ったのか、今見ると稚拙なモノクロアニメも、当時は高視聴率を稼いでいる。
振り返って見ると、70年代のアニメの需要と爆発的な演出のダイナミズムは、実質、ターニングポイントでもあった。
60年代が黎明期なら、70年代は繁栄期に当たる。
そういった素地の上に、ロボットアニメの流れは「宇宙戦艦ヤマト」をはさんで、70年代後半にハリウッドから入って来る「スーパーマン」「未知との遭遇」「スター・ウォーズ」などのSFブームの影響を大いに受けて、79年に「機動戦士ガンダム」を生み出して行く。
話を冒頭へ持って行くと、この18メートルのガンダムは放送30周年の記念行事だそうだ。
ガンダムの主要スタッフである富野喜幸がマジンガーを意識したかどうか分からない。でも、様々な先輩格のロボットや映画やテレビの夢と技術の結晶が、あの18メートルのそびえ立つガンダム像に、ぼくなどは重ね合わせてしまうのだ。
動かすところまでは行かないけど、「ガンダム、立つ」。カッコイイ。
ガンダムに、ゴジラやウルトラマン、大魔神、マジンガーZ、それらのシルエットが重なって見えて来る。
これはもう、お台場へ行かないといけない。