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雑感


(再録)

怖かった番組 09-03-03

d42036.gifひな祭り。すべての女性の方々に、佳き日でありますように。
そういえば、8歳まで一人っ子だった。品川の下町の商店街の真ん中で育ったぼくは、両親が中華屋を共働きをしていたので、2階で一人で過ごす事がほとんどだった。親と夜食を食べらるのは店の休みの日ぐらいだった。夕食時に、ウチは混むから、それは仕方がない。
それでも小さなお店にも関わらず、最盛期は店員が2人居た。しかし母がぼくのために2階へ上がって食事を共にしてくれたのは幼稚園以降は、あまり記憶にない。
ぼくは6歳の頃に日曜夜7時の「ウルトラQ」を、一人で見た。7時だから夕食はその前に済ましていたかは覚えていない。でも、「ウルトラQ」は恐くて、一人で泣きそうになって、見ていた。
ぼくは恐がりなのに、恐い物に惹かれた。
60年代前半のテレビ番組で恐かったのは、「恐怖のミイラ」や「悪魔くん」など怪奇ドラマがあったが、たとえば「ザ・ガードマン」なども恐かった。
「ザ・ガードマン」のオープニングの曲が、雨音のようにピュッピュッと言うのが、まず恐い。あれはエレキギターのピックを弾く音なのだろうか? 
店が休みの日(たいてい平日)、両親がぼくを連れて繁華街へ繰り出すのが慣わしだった。渋谷、新宿、蒲田、大井町、五反田など、住んでい中延から車で20分くらいの所へよく出かけた。
父は車を持っていなかったので、タクシーを拾う。
街道でタクシーの目に止まるよう、子供ながら一生懸命に手を挙げた思い出がある。
車へ乗るのはそういう日に限られていたから車は楽しかった。膝を立てて後ろの窓外を眺めると、車のヘッドライトがズラリと並んでいた。
雨の日はとくにヘッドライトの群れがキャンディーのように七色に輝いた。
ぼくは「ザ・ガードマン」のオープニングの曲が、いつもこの光景にダブった。
まぁ、確かに、「ザ・ガードマン」にはハイウエイや車の場面が多くあり、雨もあれば夜もある。関連付けられる要素はあるのだが。
丸の内の印象的な風景がオープニングに写るせいか? 丸の内はあまり行かなかったのだけど。
それはともかく、夜のテレビは幼いぼくには恐い番組だらけだったのだ。だいたい「ザ・ガードマン」なんか夜の9時半だ。よく起きていた。
幼い頃のぼくは、居間でテレビをみたり食事をしたり遊んで、眠くなるとそこで床を用意されていて、寝てしまい、11時過ぎに仕事を終えた父母が抱いて運び出し、父母の部屋で一緒に寝た。
小学校へ入ってしばらくしてからその部屋はぼくの部屋になり、両親は居間で寝るのだが、いずれにしても一人で寝る事に慣れていた。
ぼくは「ザ・ガードマン」も「銭形平次」もあるいは「泣いてたまるか」も一人で見た。マンガ番組はぜんぜんかまわないのだが、大人向けの番組はいま見るとなかなかきわどい。
そりゃそうだ。事件が起きる番組は殺人が必ずあり、人が人を追い詰めるものばかりだ。
「ウルトラQ」も恐かったから、恐い番組はカーテンにくるまって、その隙間から見た。恐くなったらカーテンを閉じてその中で時を稼ぐ。
よく、そんな事を覚えているものだ・・・。
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ところで恐がりも小学校へ入るとだんだん平気になって来る。現実の方が恐かったからだ。両親は不仲でよく喧嘩をした。それが嫌だった。
ある時、ぼくは妹が欲しくて、母へねだった。どんな事でも言う事を聞くからと頼み込む。
ことある度に頼んだ。小学校の友達が妹をもっているからだろうか。なぜ弟じゃなかったのだろう。「ケンちゃん」シリーズの影響だろうか。
そして、待望の赤ちゃんが出来た。女の子だった。それまでの生涯で、いろんな物を親に与えられたが、想像を絶する嬉しさだった。たぶん今でも妹が出来た時の嬉しさはダントツだろう。
自由が丘の産婦人科で妹は生まれた。ぼくがそこで生まれたからだ。ぼくが生まれた時は、自由が丘と都立大学の間に住んでいた。ぼくが1歳くらいの時に中延へ越したのだ。
ぼくは小学校の帰りに病院へ飛んでいった。くちゃくちゃで、想像していた赤ちゃんと違うので、少し恐くなったが、嬉しさに変わりはない。
その翌年のひな祭りに、ウチは狭かったので、人形ケースにコンパクトにセットされたおひな様が登場した。
ぼくは父と一緒に、人形を組み立てて、セットした。
妹はもうすっかり普通の赤ちゃんになっていて、よく泣いた。ベビーベッドを覗くのが好きだった。
ベッドの上に、ガラガラがあり、紐を引っ張ると回転してオルゴールが流れた。「ゆりかごの歌をカナリアが歌うよ・・・」と言う歌で、その歌を聞いているとなんだか悲しくなって涙が出た。
小学校が終わると、わりあいすぐに飛んで帰った。赤ちゃんが楽しみだったのだ。

女の子は親にしたら結婚するまでの期間しか一緒に居られない場合が多い。ひな祭りは、親と娘の絆の記念日のようだ。
8歳だったぼくは、いっぱしに親のつもりだったのかも知れない。