ガリバーの宇宙旅行


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雑感


(再録)

ガリバーの宇宙旅行 08-08-13

子供の頃、色に憧れた。
ぼくの子供の頃の65年、つまり昭和40年前後だと印刷技術も今のように綺麗ではなく、テレビはモノクロが主流で走査線の影響で近寄って見れるものじゃなかった。
当時はアニメという言葉はなく、総天然色のマンガ映画と呼ばれていた。おそらく色を見せる媒体では最高の色遣いだ。フィルムの透明感、セル画の美しさ、多彩な色のマジックが真っ暗な映画館で、踊った。
幼稚園児のぼくは色の虜になる。
しかし家に戻っても、クレヨンでそれを再現できるわけがない。パンフや絵本は宝物に違いないにせよ映画館で観た色に及ばない。
今でも、色の炸裂を体験する事がある。でも、当時見た色に遠く及ばない。
ぼくの思い出の映画は、東映動画の「ガリバーの宇宙旅行」という、児童向けの冒険SFドラマだった。
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孤児のテッド少年は映画館に潜り込んで「ガリバーの冒険」に胸をときめかす。だが、警備員につまみ出されてしまった。テッドは、道すがら可愛い野良犬と出会う。そして壊れて捨てられた兵士の玩具を拾う。
お腹を空かせていた3人は意気投合した。
夜の遊園地へ行ってみると宇宙船の実験室があった。机から振り返った博士はなんとガリバーの老いた姿だった!
博士は、明日の希望の星を目指して宇宙へ出る計画を話す。
なんて素晴らしい! 3人は一緒に宇宙旅行をするため数々の訓練を受ける。そしてロケットは夢を乗せて旅立った。
宇宙を進むロケットが流星群に巻き込まれる。なんとかかわしたものの衝撃で一行は気を失う。
謎の宇宙船が現れロケットを確保すると一行はある星へ運ばれた。
そこは明日の希望の星なのか? 一行を助けたのはその星の王国のお姫様だった。不思議な格好の人たちの歓迎の宴が開かれる。
小さな粒のようなこの星の食事。科学万能の星。科学の結晶が生んだ理想の食事・・。
その時、非常サイレンが鳴った。小型宇宙船が傍若無人に建物を破壊して、お姫様を拉致して行った。
王様も腹心もただおろおろするばかり。テッドは意を決してお姫様の救出へ向かった。
そこはロボットの国で巨大なロボットが迎え撃つ。
ロボットは実はこの星の人がつくったのだ。人間はすっかり怠け者になってしまい、ロボットは星を乗っ取ろうとしていた。
テッドは巨大ロボットへ飛びついた。中へ入ると小さなロボットたちが操縦していた。腰に差したガンは水鉄砲だったが、水が当るとロボットは簡単に粉々にされてしまう。さぁ、反撃だ!
テッドはロボットをやっつけ、お姫様を連れ戻す。
殻が割れるようにお姫様の顔に亀裂が入って中から美しい人間の女の子が現れた。王国の人たちも次々と殻が割れて本当の姿になる。
もう二度とこんなことにならないようにしないと! その時、テッドは目が覚めた。
ぜんぶ夢だったのだ。
でもテッドの表情は明るい。朝日が差してきたから。希望の朝日が。

幼稚園児だったぼくは母と一緒に素敵な時間を過ごした。あるいは映画の内容を理解してないのかもしれない。映画館を出て、高揚してぼぉっとしたまま帰宅した。
この映画は大井町で観た。大井町は母と買い物によく出かけた。品川公会堂があって、幼稚園のお遊戯会も大井町でやった。
ぼくが勝手を言うので、母は阪急デパートのレストランで怒って席を立ってしまい、ぼくは迷子になった事がある。夏はデパートの特設会場で虫取り遊びが出来た。カブト虫などが網の囲いの中で放し飼いになって、子供が虫取りをするという遊びだ。
ウルトラマンの映画を観たのも大井町だった。さんざんテレビで見たのにモノクロだったから、生まれて初めて動くカラーのウルトラマンを大画面で観れたことに興奮があまりあるほどだった。
しかし冷静に考えると、「ガリバーの宇宙旅行」で開眼した色への憧れは、実写より、アニメの方に偏ったかもしれない。
ずっと後になって、高校生の時、徹夜して初日を迎えた「ルパン三世 カリオストロの城」の色も気に入った。あるいは大人になって観るジブリの映画も文句なく色に引き込まれる。しかしあの時の色の強烈さは、ぜんぜん上なのだ。
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小学校へ入って、48色のクレパスを買ってもらった。それまで12色か24色のクレヨンだったから、なんだか大人びた気がしてドキドキした。クレヨンは使わない。もう幼稚園じゃないから。
金や銀はクレヨンにもあったが、クレパスの青緑や若葉色、赤紫、青紫なんてのは初めてだ。紺はあったけど群青って、スゴイ。
水彩絵の具は描いてみると色のイメージに遠くなるのに、クレパスは色が操れた。やはり大人になってMacでフォトショップをおぼえた時に、色の感動を得たが、クレパスや映画館で観たあの色には遠く及ばない。

色を感じさせるのは自然界にもある。それは花屋さんに並ぶ色とりどりの花のパレットだった。もしそのままの感性でいたらまた違った道を歩んでいたかも知れないが、ウチが買う花は仏壇の花ばかりだった。
小学校3年くらいになるとプラモデルに色を塗る事をおぼえる。
そこでまた革新的な色と出会う。メタリックカラーとクリアカラーだ。
幼稚園の時に買ってもらった怪獣人形にメタリックブルーやメタリックピンクが吹いてあって、メタリックカラーは馴染んでいたが、クリアカラーはビックリした。
オートバイのカウリングにクリアオレンジを塗るようだ。オートバイのプラモは高くて難しいので買えずに、色だけ集めた。
そういえばこの70年に、ぼくはまたエポックな体験をする。大阪で開かれた万博だ。その夜景の美しかった事! 楽しさと相まって、色が目に焼き付いた。

前後するが、幼稚園の頃の色の洪水の中に、いま思い出した物がある。
祖父が新宿の会社の帰りに駅ビルで買ってくる舶来製品の色だ。アメリカのキャンディは四角い立方体で、クリアレッドやクリアオレンジ、クリアイエローだった。中にジャムが入っていた。
今ならそんなキャンディはふつうにあるだろう。
クリアピンクのスライムのような物もあった。たしか水を入れて攪拌してつくるキットのような玩具だった。服に付くのですぐに親に捨てられた。アメリカの色だった。
今で言うピンクのソーダに似た色の気がする。どれも幼稚園の記憶である。

先日、北京オリンピックのオープニングをテレビで見た。飽きる事のなく次から次へと色が変わった。ものすごい人々の労力と資金と時間がかかっているんだろうなと思った。しかし懲りすぎていて、ダメだった。
案の定、花火の巨人の足跡がCGだった。欲を出し過ぎた。
ぼくはもっと朴訥な仕掛けで溢れる色が良い。
東京の夜景をヘリコプターで見る事が出来るらしいので一度やってみたいと思っている。だが1人じゃつまらないのだ・・。