アイアンデューク


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アイアンデューク

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自分史の中でもエポックメイキングだったのが栄進堂の企画「アイアンデューク」だった。
85年、新作「ゴジラ」の後、ゴジラ復活の機運から高まったブームは一気に萎んでしまって、ぼくがやっていた小学館のゴジラシリーズの絵本があと2冊を残して頓挫した。
最後に撮ったジオラマが丸々お蔵入りした。本当に、七転び八起き言うが、10年近く後、そのジオラマは本に出来た。
かといって、23年間眠っている「アイアンデューク」が日の目を見る時は来るかは分からない。
時は87年。バンダイの系列だった大阪の栄進堂が、商品製作と、バンダイのCMを撮る部門として東京へ支社をつくった先の発展企画だった。
ぼくは85年に建築模型の会社へ入って2年で辞めた。
辞める際に怪獣仲間だった上松辰巳氏がここへ誘ってくれた。
特撮がやれる、と、ただそれだけで渡りに船だった。
東京支社は浅草橋のバンダイにも近い吾妻橋の倉庫を借りて、広いワンフロアを丸々、作業場にしていた。
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驚いた事に、中古の寄せ集めだったものの、線画台がある。セルアニメを撮影する機械だ。1トンくらいの物だ。
35ミリミッチェルがあった。映画が撮れる。もっと驚いたのは、あの伝説のモニター600があった事だ。
円谷英二が「マイティジャック」を撮るのに用意したカメラ。
要するに、8ミリ作家でもあった上松氏の特撮への思いが産んだ一大企画だったのだ。
ところが半年で企画は頓挫する。頓挫の理由は単純な事だ。
ここは、馬主でもある社長のポケットマネーの組織だったのだ。そのことが本社に発覚した。
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そこで組織を閉める事になる。
まぁしょうがない。アレもコレも中途で困ったが、ぼくなんかバイトで加わったもので発言権もない。
ただ、社長は、本社へ来いと誘ってくれた。日本一の原型師にしたる!家を持たせたる!と、心地好い響きのおまけまで付けて声をかけてくれた。
有り難い事だったけど、ぼくは美術でこの企画へ参加した。原型師になるつもりはなかった。
企画を閉じる際、今まで使った莫大な経費の結果を出すために、フィルムを撮ることになった。
その時期、新しいヒーローが居ないので、ビデオと玩具をパックで商品にする企画で、この「アイアンデューク」は始まっていた。

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しかし社長は、海岸へ行って「ウルトラファイト」みたいのを撮ってくれば良いと言った。
その時点で、「アイアンデューク」は白紙のようなもの。閉めるまで3ヶ月。
デザインを岡本英郎さんがやった。ぼくは全体的な美術の設計、ヒーローと怪獣の造型、上松氏がコンテを切り、飛行機などの模型を作り、撮影へ臨む。
タカラで玩具デザインをやっていた岡本さんのデザインはどれも魅力的で、怪獣は何を選んでも良かったが、コンセプトを超兵器怪獣にしたため、4つ足で背中へタンクの様な兵器を背負ったヤツが面白くて、作業的に大変な事は目に見えていながら、それに決めた。
ヒーローの方は、社長が見て、左右へ分割する際に頭のパーツが引っかかるからとダメ出しをした。
ところが煮詰まってしまい、上松氏とぼくが次点を描く。けっきょく、社長の注文は、「ウルトラセブンのようなカッコええヤツ」だったため、ぼくはウルトラマンをメカニックにしたウルトラセブンをさらにロボットのようにして、それに決まった。
なんの事はない。成田亨に心酔していたから、似せて作った。
後日、当の成田さんへビデオを見てもらった。
成田さんは彫刻的な要素のみが興味の点になる人だから、それなりに感心はしてくれたものの、企画書を仕事にまで持っていくのは大変ですよとリアルな部分を心配してくれた。
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それはともかく、2ヶ月で怪獣とヒーローを形にしないといけない。デザインが1週間以上かかった。あとはどんどん手を出して行かないと間に合わない。
ヒーローの方は、最初に作った頭が大きくて、やり直した。形を手が覚え得ているため、かえって二度目の方が締まりのある良い顔になった。
ロングサイズの人形は上松氏がやった。
顔だけ、ぼくがやった。体を最初、別の人へ頼んだら、うまく行かなくて、上松氏が業を煮やして自分でやったのだ。
彼は千草巽名義でラムちゃんのフィギュアで定評があるから、なかなかセクシーなアイアンデュークが完成した。
体は、ウエットスーツで、アクアラング屋さんで素材を作ってもらって、あとはパーツをこちらで貼り込んだ。
ボンドにメタリック塗料を混ぜて塗った。色は仮面ライダー旧1号の色が好きだから、それにした。
いやそれ以前に青竹色は好きなのだ。マルサンのガラモンのメタリックブルー以来の色だ。
赤いラインは色を付けたラテックスを裁断して貼り付けた物。
甲冑はFRP。
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時代劇の裃のようだが、ちょうどプロレスでロードウォーリアーズが流行っていて、あんなに大きな男がさらに大きく強く見せるためにラグビーのプロテクターを武装して着込んでいるのがヒントになった。
このヒーローはロボットなので、メカニカルな部分になる。
名前は上松氏が決めた。ドイツの戦艦に同じ名前がある。参考にしたのはその名の通り「アイアンキング」と「レッドバロン」のテイスト。作業の合間に、それらのビデオを見ていただけの事だが。
とにかく、何かをやりたい衝動に駆られて徹夜を惜しまずどんどん形にしていった。
ぼくら2人の他に、栄進堂の人間である青谷晃夫さんがギミックをやってくれた。この人が事実上のプロデューサーに当たる。とても世話になった。
それから、主にこの部署ではCMを撮っていた日笠山泉さんがヒーローへ入ってくれた。
日笠山さんはこの仕事の後、映像と音響のラグナヒルズという会社を興し、少しの間、世話になった。
余談を加えると、ぼくが参入する前に、よしだともひこさんと言う、本当に希な天才肌の人が居た。よしださんと上松さんが特撮への想いで実現化した組織だった。でもまぁ、夢まぼろしの如く也。
ぜんぶひっくるめて、良い思い出だと思う。

上松氏がコンテを切る前に、ぼくが持っていたポラロイドカメラが自動焦点でキュルッと回転してズームのピントを合わせる。それをヒーローの目に付けようと言い出した。ロボットらしい部分の象徴になる。
雨宮慶太監督の「ミカヅキ」より早く、目のギミックをやったのは上松氏の先見の明。
実はアニメのように螺旋に煙を描いて飛んでいくミサイルも、ガメラより先にやっている。
ヒーローに遅れて怪獣も進めた。
こっちはもう力仕事でしかない。顔と手足の先、甲羅と角の原型を起こす。本体はともかく、甲羅と角は樹脂なので、バイトで援軍に来てもらった。ビニールでテントを張って、FRPの成型とサンダーがけ。広いフロアなのに、樹脂の臭いはキツい。埃もすごい。一斗缶がすぐなくなる。
顔は、やはり心酔していた高山良策怪獣そのままである。
怪獣がだんだん出来上がってくる度に覗きに来た、デザイナーの岡本さんにはとにかく喜んでもらえた。
目パチも口パクもやったのだけど、映像ではほとんど使われていない。
というか、映像は3分しかない。あまりに短かくて、取っ組み合いもない。
ヒーローの顔がガバッと開いて、中のメカニカルな顔に無数の穴が開いていて、そこからミサイルを発射して相手を射止める。
端整な顔を割ってグロテスクな顔が出て来ると言うギミックは、古くは大魔神や魔神バンダーなどがあるが、実は70年代の学年誌の編集部調査のレポートにヒントを得ていた。
当時、「帰ってきたウルトラマン」より「仮面ライダー」の方が人気が出たのは何故か?という分析があった。
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ウルトラマンの方が古い作品で、子どもにはスタンダードの認識がある。その端整なマスクよりも、今の子どもはグロテスクさを選んだ。そこにヒントがある、と言う分析だった。
それはとても面白くて、子どもはスタンダードへ飽きて来るとグロテスクを喜んだりする。
だからこのヒーローは、ふだんは端整な顔でいて、相手を射止める時にだけ、グロテスクな顔を見せる。子どもは、アッと思うだろう。
具体的にはロボット刑事のギミックもヒントになった。演出する上松氏がああしたい、こうしたいと言うのを、みんなで形にしていった。
そしてその一連が、ある企業のPRビデオという寸法。
世に流れたビデオをご覧になった人も居ると思う。あの時代の作品としては良くまとまっている。
なんせ、先に書いたように、ミッチェルで撮っている。モニター600を使っている。線画台でアニメーションも加えてある。

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300万かかっているそうだ。1分100万円。
しかし決して潤沢な予算ではない。合成とアニメ、編集、フィルム代が内訳のほとんど。
音楽を井上誠さんにやってもらった。これも本当にたいそう失礼な話で、自宅へ行って、その場でストック分の曲をアレンジしてもらった。ところがしっくり来るのでビックリ。みんな、おお!と胸が熱くなった。
ナレーションを声優の勝生真沙子さんが担当。合成は日本エフェクトセンター。
栄進堂東京支部が閉じられて、ぼくは上松氏と組んで、これの企画の売り込みに歩いた。我々の企画として継続して良いと、栄進堂の許可を受けて。
本当に、若いから何でも出来たのだと思う。26才の頃だ。