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電光石化X.E.N.O.

jjkll.gif87年に栄進堂で作ったパイロットフィルム「アイアンデューク」をビデオに直し、一緒に企画を展開していく上松辰巳さんとコンビを組んだ。
上松さんは才に溢れた人物だが、話を持っていくのはぼくの方がフットワークがあるだろうと、その夏から売り込みに歩いた。
体裁を整えるために設定を考え、企画書を作った。
カラーコピーで30ページほど。
誰かの紹介で編集プロのコピー機を使わせてもらった。手書きじゃしょうがないからと、初めてワープロを使う。
同人誌をやっていた成果が発揮される。版下はお得意だ。
しかし時代は東映の等身大ヒーローが人気を定着させていて、巨大物はなかなか厳しい。「マスクマン」「メタルダー」の頃だ。
その頃の話では、等身大物へ企業が出す予算1千万の倍を、巨大ヒーローは出されていたそうだ。企業としては同じ売り上げならお金をかけない方が助かる。したがって巨大ヒーロー物はどんどん予算が削られる。
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つまり、いくつかの企業は話を聞いてくれつつも、徒労に終わる事がほとんどだった。
なかなか上手く運ばないうちに、上松氏とは別行動になった。
しかし歩いた事が無駄になるわけではない。
建築模型の会社時代に、月刊「アスキー」の記事を少しやっていて、この頃は編集の吉田眞木さんと組んで「ワンダーフィルムレーダー」という連載をもてた。いろいろ回る先で、「アイアンデューク」の話も出来た。
雨宮慶太さんや小林誠さんとはこの時期に知り合った。
また「アイアンデューク」でデザインをやってくれた岡本英郎さんが間に入って、角川書店の「ニュータイプ」編集長の井上伸一郎さんを紹介してもらった事は1つの分岐点になった。
企画書が喜ばれて、1つはロボットものの企画をそのまま続行し、もう1つは恐竜ものの企画を進める事になった。
恐竜の方は文庫本の編集者を紹介してもらって、サンプルをいくつか作る事になる。やがて担当者が文章をしっかり見てくれて、2年くらいかけて「伝説の古代獣ジャカラ」という冒険奇譚小説にまとめる事が出来た。
ちょうど、角川社長が事件になった夏の発行で、会社は宣伝どころでなくなってしまった。大変な時期だった。
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ぼくは呑気なものだったけど。
ロボットの方は、マンガの素案として別の方向性になった。それが、「電光石化X.E.N.O.」だった。
これも企画書を作った。マンガは、「模型情報」で「ガンダム」を描いてたうしだゆうじさんが描いた(マンガでは「原子巨神禅王」)。でも、ほとんど彼のやりたい事に終始して、ぼくと岡本さんの仕事は素材でしかなかった。
それでも、マンガもセールスの材料だと思って、企画の発展を願って、アイアンデューク同様、立体物を作れば説得力も出るだろうと、マスクを作った。
ちゃんとかぶれないとイヤなので、分割に凝った。89年頃だと思う。
ぼくはその頃、横浜博覧会の展示の模型をやっていた。
岡本さんの亀有の実家にスペースがあるから使っても構わないと言われて、使わせてもらった。岡本さんの母上にも、この上ない感謝をしている。
いろいろ道を紆余曲折しながら、ダメなものはダメだと判断して行かないと、ともかく前へ進めない時代だった。バブルの名残の頃。
20代の最後の頃でもあった。
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鮫の様な怪獣は、デモ用に作った雛形で、20センチほど。岡本さんのデザイン。
角のある方は、ラテックスで作った「トリメンダス」で岡本さんが「モデルグラフィック」でやっていた企画で頼まれた物。アルミ線が入っていて関節が動く。30センチほど。
要するに、こんな感じの怪獣たちが、ロボット型ヒーローと組んづほぐれつするイメージだったのだ。
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