開田同人3


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雑感


(再録)

ガメラとゴジラとウルトラと

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 まったく『GODZILLA』のおかげでこの夏はすっかり特撮が流行っている。しかしマスコミは、ハリウッドのゴジラはSFXで、日本のゴジラはローテクな伝統芸能だといって、手厳しい揶揄のお言葉がちらほらする。
 そうかと思えば、「ぼくらのゴジラはこんなんじゃない!」なんて、昔の恋人の変わり果てた姿を見てヒステリックに絶叫する純正怪獣マニアも出る始末。
 ハタで聞いている方は、誰の言葉が正しいのか右往左往……。は、してないか。しょせんサブカルチャーだものね、特撮映画は。しかも、さらに深淵奥深く潜んでどろどろになったオタクな世界にある怪獣だなんて、好事家を越えてスペシャリストの領域だ。一般の人とは住む世界がちがうんだ。
 ところで、ぼくらがホントに好きなのは、怪獣なのだろうか?

 玩具屋においてある、その人形がバルタン星人だったとしよう。デザインは成田亨、高山良策が作ったセミ人間を佐々木明が改造し、倉方茂雄が電飾を仕組んだものだ。映像で使われたオリジナルの原型を模倣した人形のデータとしてはそれがすべてではないにしても、人形を手にして監督や特撮監督の演出意図やシチュエーションまで思い浮かべることはまずない。もしあるとしたら、それは怪獣マニアである一部の人間で、子供たちにそこまでの想像も知識もおよびもつかない。ただのキャラクター人形があるだけだ。
 子供たちは、商品に添付してあるタッグを見て、身長、体重、出身地を頭に入れる。好奇心のある子供ならビデオを借りるだろうか。あるいは親が説明するかもしれない。もちろん旧作がテレビにかかることも滅多になくなったから、バルタン星人のエピソードが、発狂した科学者の核実験が元で故郷の星を失い、宇宙旅行中だった22億の仲間と共に宇宙の放浪者となった、ということまでは子供は認識しない。たまさかビデオの名場面集を見る子供の脳裏に「ああ、ハサミから光線を出したな」と浮かぶことはあれど、アトラクションで使われたバルタン星人の縫いぐるみが『ウルトラファイト』に登場したとか、『帰ってきたウルトラマン』や『ウルトラマン80』に再登場した縫いぐるみはとんでもない出来だったとか、評論家まがいの発言をする子供はいないだろう。バルタン星人という、日本で一番有名な宇宙人は、いつの間にか20代後半から30代全般、40代前半に含まれる、一部の怪獣マニアの心の拠り所になってしまっているのが現状だ。
 バルタン星人をガメラやゴジラに置き換えてもいい。怪獣文化が新しいキャラクターを生み出さず、60年代に活躍したキャラクターの焼き直しを中心にしている以上、それはレトロカルチャーになってしまう。
 そしていま、現在の怪獣映画(テレビを含む)に子供たちは食いついていないことを、業界は自覚していない。ゴジラであろうが、ガメラであろうが、ウルトラマンであろうが、子供の視点ではポケモンの方が知名度ははるかに上、この先も長く慕われるだろう。ハリウッド版『GODZILLA』なんて見に行かないんじゃないかしら、子供たちは。

 そんなことはない、あいかわらず映画館は子供でいっぱいだし、デパートの玩具売場は子供で溢れかえっているではないか。
 チ、チ、チッ。いまの子供たちにとって怪獣映画は通過儀礼なんですよ。それも一瞬の。
 たしかに、ぼくたちも幼稚園のころ『ウルトラマン』を見て小学校に上がったときには『ウルトラセブン』で怪獣をすっかり卒業したよね、怪獣は男の子にとっての通過儀礼だった。でもまた、『帰ってきたウルトラマン』で火がついて、それ以来、何度となく怪獣とつきあってきている。怪獣は、ぼくらにとって、なくなてはならない“イコン”になってしまっている。人形を見れば心躍り、童心にもどれる。
 筆者は第2次怪獣ブームの当時、中学受験などと馬鹿げた環境にいたから、横目でうっすらテレビを見ては第1次ブームへの郷愁をすでに感じたものだった。たぶん、そんな経験をもつ者たちが、1966年の第1次ブームから10年後、各地で怪獣映画の上映会を起こしたのだろう。『スターウオーズ』が来ようがなにが来ようが目指すは“日劇ゴジラ大全集”だったり“ウルトラQ復活祭”だった。同人誌を始めたのも、同じ想いの同好の志が知らずうちに集まったからだ。
 その経緯をスライドして80年代に子供だった人に準えるなら、『ウルトラマン80』(新『仮面ライダー』でも84年『ゴジラ』でもいいや)を見て感動し、忘れられずにいま怪獣同人誌を起こし、人形コレクターとなり、円谷プロや東宝、東映にまで足を伸ばし、アトラクション会場で怪獣のパーツをむしりとり、日夜サントラを聴きながらビデオテープがすり切れるまで(もちろんオリジナルからコピーした方を見る)怪獣にとち狂っている……そんな10代や20代前半の方がいるのだろうかと疑問に思う。
 いや、もちろん居るんでしょう。たいへん失礼な問題定義だとは思っています。気を悪くしたらごめんなさいね。これはあくまでも詭弁ですから。
 つまり、怪獣映画はいつの間にか、オリジナルの模倣になってしまった、60年代への郷愁である。ということをいいたいのだ。これでは新しいファンは育たないだろう。10代の身で一大決心をして生涯をかけて怪獣道を歩む若人は存在しないだろう(そんなもの居なくてもいいんだけどもね)。
 ただ、怪獣道を歩まなくても映画が好きで、特撮課の専門学校を出た卒業生が現場に入れず、ガレージキットで生計を立てているなんて話を聞くと悲しくなってしまう。
 それはさておき、商業誌を見ても、ガレージキットを見ても、内容は子供に向けたものではなく、多分に同胞意識をもった世代に発信したものになっている。これでいいのか? いや、ほんとにこれでいいのかって思う。狭い分野作品に対して送り手側も受けて側も、みんな顕微鏡のように近寄って見ている(!)。

 今年、筆者は『ウルトラQ伝説』という本を出した。あしかけ2年にわたるリサーチと90冊もの台本や企画書に目を通し、メインスタッフとキャストに取材し、同人誌時代から20年も温めてきた想いの丈をこめて編纂したものだ。一般誌(紙)から“10年に1冊の本”と、絶賛されて苦労も報われた。幸い3刷まで重版もかかった。
 けれども、特撮専門誌や制作プロダクションは、相対的な評価よりも、「成田亨と金城哲夫に正当な評価が下るのはいつになるのか」という筆者のアンチテーゼに対して、いやそんなことはない、2人ともとっくにメジャーではないか。了見のせまいヤッチャと、口を挟んでくれた(そんな言い方ではないんだけど)。
 本書は、彼らの琴線にふれる原因を探るところでもないので、解説を加えるならこういうことだ。成田も金城も、ぼくらにしたら手塚治虫クラスのクリエーターでありながら、現実的な世間でこの2人の名前を知っている人ははたしてどれだけいようか? と思わずにいられない。たくさんいるよ、などと言うんならそれは認識不足である。そんな奇特な輩は専門誌にかかわる人間とその読者だけだ。
 せいぜい、世間様では宮崎駿や庵野秀明の名前を覚えるので忙しい。
 アニメはまだ怪獣に比べてぜんぜんメジャーな存在である。先だって同世代の庵野さんに、「特撮に憧れながらも作品の需要がないから、表現手段としてアニメをやっている人って多いんですか」と聞いたところ、自分たちの世代にそういう人は多いと断った上で、でも20代にそういう人はほとんどいないとつけ加えて答えてくれた。“エヴァ”も“もののけ”も、見れば怪獣映画のエッセンスに溢れている。きっと制作者の深層心理に怪獣映画への憧れがあるんだろうなと思っていたから、庵野さんの答えの最初の言葉に安堵し、つけ加えてくれた言葉には落胆した。やっぱり80年代に見た怪獣映画に触発されてプロになる人は少ないんだと。
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 子供が怪獣に憧れず、マニアばかりが怪獣を追いかける理由の1つに、この20年くらいの間に制作者が怪獣というキャラクターを大事にしなかったことが挙げられる。繰り返し繰り返しの粗製濫造である。ウルトラマンなんてどれだけの数、初代マンの模倣が揃ったか!? ヒーローショーで歴代が揃うと目をおおいたくなる。そこにあるのはクリエイティブな創造物ではなく、これでもかこれでもかと負け将棋を繰り返す「もどき」だからだ。
 だけどそれは消えては生まれる資本主義の世の中で当たり前のことである。現に、映画王国アメリカのリメイク作品『バットマン』や『スタートレック』はオリジナルよりもかっこよくなって、成功している。まったくうらやましい。
 そんな中で、わが方の(国内)リメイクキャラクターを見渡せば、亜流や偽物が跋扈(ばっこ)し、もはやオリジナルの威厳もへったくれもなくなってしまっている。ここでいう亜流や偽物とは、二代目や三代目のことでなく、いやそれも含めてだが、かつての生みの親の思惑を越えた商業主義に成り下がった現象そのものを指す。
 怪獣は生ある存在として描かれる。矮小な人間の分身として暴れ、憧れや哀しみをもった、文字どおり人の形の化身である。
 古来、“人形”は“ひとがた”と読み、病封じや呪いに使われたり、権力者とともに墓に入る崇高なものだった。しっぽはついているけど、五体をそのまま表し、人の表情を持つ日本の怪獣は、まさに人の形である。なにしろ日本の怪獣は中に人が入っているのだから、ますます人間振りをする。
 一方、西洋の怪獣はのきなみ反キリスト的なタコや爬虫類の巨大化である。ただの畏怖の存在なのだ。
 『もののけ姫』に出てくる人の顔をもったシシ神を見れば、日本人の怪獣観というものがわかるというものだ。しかもアレは巨大化するとまさに五体をもった人間の姿になる(バランに似ていたなんて低俗な意見はここではいわない)。
 つまり、考えようによっては、怪獣はとても危ない。心を写し、形を投影し、思いを馳せる崇高なものを、映画ではいとも簡単に爆発させ、頭をチョン切り、胴体に穴をあけてきた。それはじつは恐いことなのだ。円谷プロが47年ごろに怪獣供養をやったが、あれはきわめてマジだった。
 というのも(ここだけの話だが)、筆者をはじめ30代の怪獣ライターは、36〜38才を乗り切れればという、1つのジンクスをもっている。恐怖のジンクスだ。
 円谷一、金城哲夫、大伴昌司と、ウルトラマンを作った優秀なクリエーターたちはのきなみ、36〜38才の間に亡くなっている。円谷英二が亡くなったあとで、オヤジを追うかのようにその3人が亡くなったとき、怪獣供養はマジで行われた。週刊誌ネタになったことさえもある。
 それくらい、怪獣に心を奪われると言うことは命賭けなのだ。みんな、怪獣を大事にしようよ。

 怪獣は玩具界のベストセラー(いや、実際はミリオンセラーを越えるものもある)である。それゆえデザイナーは商品の権利の一部を主張するのだが、商品化権をもっているのは、現実的に制作プロダクションであり、印税は映像を撮った監督や脚本家にだけ還元される仕組みになっている。
 (またしてもここだけの話だが)、そのとき特撮監督には印税はいかない。さらにいえば、たまたま契約社員だった脚本家にも印税は派生しないことを風の便りに聞いている。増してや、一介のデザイナーや造形家になんて、新製品の案内すらないものだ。日本の権利なんて、こんなものです。ああ、商業誌には書けないなぁ。

 さて、今回のテーマはガメラである。ガメラは“1”も“2”も好評だった。そんなことはいまさら書くまでもない。ながく浮上することのなかった怪獣映画の醍醐味を世間一般にまで認めさせ、さらに怪獣マニアも満足させた記念碑である。けっして子供向けのファミリーピクチャーにとどまることなく、登場人物は怪獣に畏怖し、見上げ、怪獣の目をきちんと見ていた。
 スタッフに最大の敬意をあらわすのは、ガメラたちを生きた怪獣として描いてくれたことだ。巨大感や迫力ある暴れっぷり、そればかりか浅黄とガメラとの関係にガメラの父性を感じることができ(“1”)、また人間を守るために一途に戦った(“2”)、とてもいいヤツであることも、平成ガメラの魅力だろう。
 どこを見ているんだかわからない、なんのために戦っているんだかわからない、何者かさえもわからない怪獣だなんて、もうたくさんである。
 怪獣は好きだけど、やっぱりぼくらは怪獣映画が好きなのだ。居心地の好い夢の時間に浸ることで現実を忘れ、居心地の好いその世界で怪獣と面と向かえる。
 子供たちが10年後、「昔見た怪獣映画ってよかったなぁ」って言える怪獣映画を、切望する。『GODZILLA』、とても良かったんだけどサ。

追記。
 青弓社からこの夏発売される『ポップ・カルチャー・クリティーク』の最新号“日米ゴジラ大戦”で、筆者は金子修介監督に取材した。題して『金子修介怪獣映画を語る』。
 それと2本立てで『ゴジラとのつき合い方』という小論も書いた。『GODZILLA』がテーマながら、ガメラの話やウルトラマンの話が出てきて発注元も困ったろうが、書きたいことを書いたら、そうなってしまった。本稿と併せて読んでもらえれば、筆者の言いたいことがわかってもらえるのではないかと思う。


                    <ガメラが来た3 98年8月15日発行 より>