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196Xレトロ大百科 (87年 ミリオン出版)

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レトロという言葉が使われ始めた頃、当然、その手の本がたくさん出た。これは誰の紹介だったか忘れたが、要するに怪獣項目を手伝ってくれと言う事で、資料と少しの文章を提供した。
本当は、丸々かましてもらっていれば、全体の中でやりたい事ややれる事が出て来たはずだが、ともかく、便利屋的な呼ばれ方をするのでしょうがない。
ぼくは怪獣人形と怪獣図鑑がライフワークであった。この頃はまだ「宇宙船」くらいしかその手を扱う場所がない。「宇宙船」は13号までの数回、お手伝いした。それきりになっていたし、他にライターが居るからぼくなどがしゃしゃり出ても仕方がない。
どこかで開拓しない限りこの手の発表の場はない。インターネットなんてなかった時代ですから。かといって、もう同人誌をやるパワーもない。

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24から25才の頃に建築模型の会社へ入り、映像制作の知人の会社を頼ったものの、すぐに閉鎖されてしまった。そこでぼくは「アイアンデューク」と言う特撮ヒーローのパイロットフィルムの造型と美術をやった。
それを材料に、企画書を作り、あちこち周りながら、フリーでなんでもやっていた。
本音を言えば、もっともっと、仕事をやりたい!という感じではあった。
でも出来上がった本を見ると、みうらじゅんさんの個性がともかく強くて面白くて、真面目に書けば書くほどツマラナイバランスになっている。



SPA! 88年12月22日号

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誰の紹介だったか、この本も唐突にお達しが来て、怪獣玩具と怪獣図鑑のコレクターを紹介したいと言うのだが、該当車がつかまらなくて、顔を出さない条件で協力した。マスクをかぶって写ってます。
それでまた、成田亨さんを取材している。
それ以外はぼくではない。
葛飾の金町のワンルームのマンションに居た頃。編集者の女性が来宅した。打ち合わせや取材自体はどおってことないものだったが、彼女は、狭い部屋を見渡し、片づいていない段ボールや通販で買った黒い家具はダメだと言ってくれた。
そりゃそうだよな。20代後半だった。ぼくもそんな生活はダメだと思っていた。
オリジナルの特撮ヒーローのパイロットフィルムを収めたビデオと企画書を持って、あちこち行っていた頃。ウルトラへの愛情はあった一方で、自分たちのモノを作らないといけないと思い始めていた。
この本の取材でも文化人が取材されているが、文化人が前へ出ると怪獣はあらぬ方向性へ走ってしまって、堕落する。
怪獣なんて、子どもがだぁだぁやっていれば良いのだ。
大人は、静かに語るのですよ。熱弁ふるっちゃダメ(笑)。いえ、すいません。


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