ペギラの商品


HOME > ペギラの商品

ultra toy
怪獣玩具


(再録)

ペギラの商品 2010年07月07日

24ge.jpgbko32.jpg
65年の年末商品に放映前の「ウルトラQ」のアイテムが出た。まだ、テレビのキャラクター商品は、それほど多くなかった。
時代は高度経済成長期。
戦後の欲しくても買えない時代はとうに終わり、貧しくても去年買えなかった家庭の子が今年は買える、という案配の、経済格差と経済の伸びが顕著にあった。
象徴的に日本が豊かになったのは、東京オリンピックや皇太子の成婚が64年にあった事だろう。


24273large.jpgアトムも鉄人もその余勢を駆って番組になり、売れたのだ。
そんな時代に、遅れて怪獣が登場する。世はまさに総中流家庭と化していく。今度は万博開催が掲げられ、国中が豊かになった。
怪獣は当時、アメリカが軍事介入したベトナム戦争と重なる部分があった。
建設ブームに沸く日本列島。古い物が閉ざされ、新しい未来の形が作られる。それを怪獣が壊した。
怪獣は暴力か!? 大人まで論争へ巻き込んだ。日本はあっと言う間に怪獣ブームになる。
平均視聴率は20%をキープ。続編の「ウルトラマン」は最高で40%を越えた。
NHKまでも1作目の「ゴジラ」を放送し、輸出産業として10年、SF特撮映画で外貨をもたらした東宝が政府に表彰された。
その結果、邦画5社へ財政投融資がなされ、輸出用の怪獣映画をつくる指令まで出た。
異常な事態ですよ。日活も松竹も怪獣映画を作ったのはこれが最初で最後である。
24222e.jpg24142large.jpgさて65年末。
怪獣ブームの牽引車となる番組がいよいよ始まる。
TBSが社運を賭けた「ウルトラQ」が66年の1月2日に始まる事が決定した。
数ヶ月がかりの宣伝の効果が実って、前評判が高まった。
怪獣のソフトビニール人形、ノートやスケッチブック、さらに音源各社からフォノシートが出た。
怪獣はグロテスクで子どもは怖がって売れないのではないか?という業界の苦慮もおかまいなく、商品は引っ張りだこになる。
当時、フォノシートは、最大最強のメディアであった。
これは出版物の扱いで、本の取次が扱った。レコード屋以外で本屋に置いてあったのはそのため。
知らない世代も多いので書いておくと、10ページほどの本文があり、ぺらぺらのレコードが付いている。本文は、絵本であったり解説や写真集のようなものまで、様々。
まだカセットテープが出る以前だ。オープンリールのテープは耐久性がなく、ハードは高価で、その時点の記録媒体のスタンダードはドーナツ盤と呼ばれるレコードだった。
天皇の玉音盤を挙げるまでもなく、戦前からレコードは音楽や言葉など音源を伝えるもっとも優れたメディアだった。
その廉価版がフォノシートになる。
同じビニール素材だが、硬くて厚いレコードに比べてぺらぺらで耐久性は劣るものの、安くて量産が出来た。
元はフランスで開発され、朝日新聞社の系列会社が権利を買って、ソノシートが生まれる。これが60年代中期。
ソノシートというのは、朝日ソノラマの商標になる。一般になはフォノシートと言う。コロムビアのがコロシート、あるいは通販のソノレコードなど、各社で名前があった。
0large.jpg
「ウルトラQ」へ話を戻すと、朝日ソノラマが「ウルトラQ ナメゴン対ゴメス」を、ビクターが「ウルトラQ ガラモンの逆襲」、コロムビアが「ウルトラQ 2020年の挑戦」、勁文社が「ウルトラQ ペギラが来た」、現代芸術社が「ウルトラQ 宇宙指令M774」を、一斉に出した。それが放映前の65年の年末になる。
幼稚園児だったぼくは、フォノシートと人形を買ってもらって、ひたすら、怪獣の世界を堪能し、想像し、思い描いた。
テレビ放映は一度きり。真剣に見た。
家は階下で両親が中華をやっていたので、ぼくは1人でテレビを見て、夕飯をとった。怖くて、カーテンに身を包んで、その隙間からテレビを見た。

43large.jpgそれでも惹かれて、次の放送までの1週間は、フォノシートが擦り切れるばかりに聴いて飢えをしのいだ。
うちは商売をやっていたから日銭が入る。その上、8つ下の妹が出来るまで一人っ子だから、親はかまってやれない分、オモチャや本を買い与えたのだ。よく買ってくれたと思う。感謝しています。
先般、ヤフオクで、「ウルトラQ ペギラが来た」の付録の付いたフォノシートを落札した。付録は、怪獣ペギラの福笑い。
それが完品だと2万円を超える。


0404.jpg残念ながら目鼻のパーツが切り取られているので、そんな法外な値段ではない。それでもフォノシート単品の3倍くらいの値段。いや、安く落とせたと思う。
これが届くと、45年ぶりにペギラの福笑いと対面する事になる。
先にも書いたように、年末発売の商品だから福笑いなのだ。




(再録)

冷凍怪獣ペギラ 2010年07月08日

ペギラの商品に少し触れたので、今度はペギラそのものの事。
ペギラは、「ウルトラQ」に登場する冷凍怪獣で南極に住んでいる。
謎のメモを残して消息を絶った隊員の謎を探る主人公が特派記者として観測隊に同行した。基地は冬に入る時期で、寒波がいつもより早く来る。
242large.jpgある夜、何かにおびき寄せられるように出て行った隊員が瀕死の状態で戻って来た。彼が見たものは? それは謎のメモにあった「また聞いた、ペギラ」と関係があるのではないか。
怪獣ペギラが基地へ迫っていた。ペギラは冷凍光線を吐き、瞬間的に重力を奪ってしまう。宙を舞う雪上車。
ペギラに弱点はあるのか!?
脚本は、のちに「中学生日記」を書く山田正弘で、ファンタジーからこういうスリラータッチのものまで、また続編「ウルトラマン」の骨子を描いたアイディアマンで、人気怪獣を次々と産み出した。
監督は、野長瀬三摩地。東宝で黒澤明や本多猪四郎の助監督をやっていた。テレビは昼帯(要するにメロドラマ)で監督デビュー。
ぼくは、20代前半にこのお2人に会っている。別々に伺ったが、実はお2人は近所付き合いされていた。
山田さんはぼくのトンチンカンな質問にもよく相手をしてくれていた。ぼくがもっと勉強家で、気の利いた事が聞ければと今でも残念に思う。
野長瀬さんは、面白い人だった。子どもの頃に臨死体験に遭ったそうだ。
一面、すすきっ原で、川が見えるところにボクがいるのよ。
生死を彷徨った時に見た夢だそうだ。それ以来、不思議な事に惹かれて、ついには占い師の顔も持っていた。
コクトーの映画が好きで、と書けば、熱心な人なら、あああのシーンがそうか!と膝を叩くだろう。怖いウルトラの話はたいていこの人の演出だ。
でも素顔はとても優しい。
242rge.jpg
ぼくは幼稚園の時に「ウルトラQ」を見たわけだが、ペギラが怖かったのは、なかなか姿を現さない事もある。南極はセットで、一部ライブラリーフィルムで南極ぽい映像をはさむが、特撮も本編(人間がお芝居をするパート)も、見事に臨場感があった。
モノクロだからもあるが、フルセットなんて今時のテレビでもやれない。
「ウルトラQ」は破格の制作費をかけていた。1本が500万円。
アニメがその3分の1の時代だ。
その謂われを書くと長くなるので書かない。とにかく、円谷英二さんがトテツモナイ非常識な人だったから、成立した舞台裏である。
<フォト>の<ペギラの商品>で書いたように、フォノシートにペギラの話があって、ぼくはいつもビビりながら耳を傾けた。
なんせ恐がりだ。
巨大な影が迫ってくるというだけでそわそわしてしまう。
ペギラは、ある物を入れた観測ロケットを撃たれて逃げ出してしまう。
怪獣には弱点がある。
ナレーションは学生時代の石坂浩二で、「どんなものにも弱点があります。もしあなたが怪獣に襲われたら、その弱点を見つける事です」と、エンディングに入って、終わる。
そんな事を言われても困る。
怪獣はともかく、妖怪やオバケが出ても弱点を突き止めればなんとかなるという話だが、その前に襲われたらなんにもならない。
ペギラの弱点は、南極に生えていた苔だった。そのエッセンスを抽出して観測ロケットで撃ったのだ。
1年ぶりに南極を訪れた隊員たちが再会する犬が、苔を食べて生きながらえていた。だからペギラは苔を食べた犬が苦手だった。犬が吠えるとひるむのだ。意外な弱点。
そうやって、ドラマと設定を紡いでいく。子どもにもよく分かる話だ。
ちなみに、犬の名前は三郎。実際の南極で生きていたタロウとジロウにちなんだ名前で、南極船の名前は鷹丸。もちろん、1富士、2鷹、3なすびの、鷹。なぜなら、ふじという南極船が実際にあったから。
ぼくは小学5年の時、氷粋艦ふじに乗る機会を得た。南極船である。
例のオレンジ色のアレだ。親族がいることで、学校の課外授業でお邪魔出来たのだ。船内に床屋があるのが驚きだった。
2427arge.jpg227ge.jpg
ペギラは「ウルトラQ」で2本ある。続編は、東京へペギラが現れる話。
南極の原子炉が事故を起こし、温まった南極を捨て、北極へ移動する途中に途中下車する。
なぜ日本へ来たのか、分からないが。「真夏に起きた、寒い冬の物語です・・・」と石坂さんのナレーションで始まるその名も「東京氷河期」という話。
ペギラは巣作りのように冷凍光線を吐いて、東京の中心、丸の内が瞬く間に氷の世界へ閉じ込められる。人類の叡智など、怪獣の気まぐれの前に無力である。

2429large.jpg28large.jpg
昭和の子どもは、暑い夏が来ると、ペギラを連れて来れば涼しくなると、今でも冗談を言うのだ。