高山良策 その2


HOME > 高山良策 その2

model
模型

高山良策 その2

高山式怪獣造型

FFGJ55.jpg怪獣の人形作りは高校生の頃に始めた。要するに特撮の真似事がしたくて、オモチャなんてどうでもよくて、ラテックスの本格的なヤツでないと満足出来なかった。
二子玉川園や新宿や銀座のデパートの怪獣展示会でずいぶんと生の怪獣を触った。怪獣は表面はゴムで、断面はウレタンだった。だから千切った事もある。千切った怪獣の皮膚は子どもの宝物になって、いつかどこかへ消えてしまう。
高校生の頃に円谷プロへ行ってみた。当時、砧にあった円谷プロは祖師ヶ谷大蔵から5分ほど歩くと到着した。でも東宝の撮影所も見たくて、ぼくは成城学園から歩いた。
7分ほどで坂道の下に撮影所が見えてくる。その手前に武蔵工大附属の中高がある。ぼくは中学受験でここへ来た事があった。補欠扱いだったが、結果的にその上のランクだった所へ入れたので縁が切れた。
もし武蔵工大へ入っていたら、東宝や円谷へ日参したはずだ。
それはさておき、東宝の敷地は広く、日曜大工センターを回ると特撮のプールが覗けた。元は特撮用の11番ステージがボーリング場になり、大工センターになったのだ。
子ども心に、大プールと特撮ステージは、特撮の神様の魂があると思ってとても眩しかった。塀から覗いたんですよ。ちらっと見えるそれぞれの部分に感動した少年だった。
なんせぼくは怪獣のカケラでも落ちてないか探しながら塀に沿って歩いた。
小道を上がると円谷プロがある。
坂道がいくつかあって、市川崑の「病院坂の首縊りの家」で使った坂道もここにある。
円谷プロはその頃、「スターウルフ」の後くらいで、とくに撮影はなく、アトラクションの怪獣の陰干しをしていた。怪獣倉庫の人たちと仲良くなった。
しかしぼくの望みの怪獣はアトラクションの呑気な顔の怪獣ではない。
同人誌を始めた頃、念願だったウルトラ怪獣の生みの親の高山良策さんの石神井の家を訪ねる事になった。

高山さんがらみの同人誌を3つ作った。「ウルトラマン」「ウルトラQ」それに「大魔神」。足かけ2年ほど、お付き合いいただいた。
学校へ作りかけの怪獣の人形の原型を持っていって、帰りのそのまま石神井へ向かった。
高山さんへ見せるため。グドンを作った。そうしたら高山さんはこうした方が良いと手を入れてくれて、ついでに石膏がけはどうやるのか?と聞いたら、しょうがねえなという顔つきで、工房へ場所を移してしまった。
LinkIcon怪獣に染まる!
見ていると、どんどんやってくれる。まず前後の分割のラインに真鍮の板(切り金)を刺していく。正面から見てもっとも端になる部分に刺す。
回転台は高山さんのお手製のもので、その上に原型を乗せて、新聞紙で幕を張る。石膏は、手に浸してしゃぶしゃぶの状態のを指で弾く様にかける。
高山さんほどの名人になると、思ったところへ石膏を飛ばせる。粘土は油土だった。気泡が溜まらないように、石膏は勢い良くかける。
全身に行き渡ると、今度はペインティングナイフを使う。ケーキのクリームのように塗り込んでいく。
弱い部分は、苆(すさ)や麻をまぶす。苆は、土壁を塗る時に泥に混ぜる補強剤。
高山さんの怪獣では、よくこれを利用していた。例えば硬くしたい所の裏打ちや金具を取り付けるのも苆にラテックスを混ぜて塗る。
レッドキングの顔だけを作って持って行った時は、アゴの関節を入れてくれて、口パクを再現してもらえた。
教わるというより、面倒だからやってみせた感じである。
グドンは30センチほどの人形で、時間をかけて丁寧に石膏型を作ってもらえた。
台から石膏型ごと外して、切り金の頭を出すために大型カッターで削る。
足裏や尻尾の所、粘土がむき出している所へ棒を刺すと、内側の圧力で、石膏型は自然と前後に割れた。そして、ゆっくり揺らして、サッと型を外す。しかも、原型をあまり壊さないでくれた。
ぼくはほくほくして家に帰り、自分でラテックスを流してみた。
JDDX55.jpgラテックスは、市川ゴムと言う浅草橋のメーカーが出していた怪獣用ラテックスがあった。高山さんの怪獣はぜんぶそこだった。
ぼくは品川区の中延に住んでいて、浅草線に乗って浅草橋まで一斗缶を買いに行く。次から届けてもらった。一斗缶だから18㎏ある。持ち帰るには大変な重さだ。
高山さんの怪獣は、先にラテックスへ色を混ぜていた。ラテックス専用の塗料が昔はあった。スプレットサテンというメーカーの塗料。
その残りが高山さんの所にあった。
例えば、パール塗料というのもそこから出ていた。太刀魚の鱗を精製したした塗料で、安くはない。高山さんの怪獣では、ゼットン、ゴドラ星人、チブル星人の銀のところはその塗料である。またキングジョーはパールに金粉を混ぜたもの。
絵描きだから、色はこだわりがあったんでしょう。強すぎず、品があって、ちゃっちゃっと塗る。でも、それは現場では弱くて、色を塗り替えられる事もあった。
画業でリキテックスも使っていたようで、ぼくはラテックスへ色を付ける時にリキテックスを使った。あとはだいたい、高山式を真似た。
話を戻すと、30センチのグドンは同人仲間の間宮尚彦氏が聖咲奇さんらと渡米した際に、怪人アッカーマンへのお土産に持っていってくれた。
また同じサイズでキングジョーを作った。これは師匠の安井尚志さんが気に入ってバンダイへ持っていって、リアルホビーシリーズの足がかりとなった。そのキングジョーの人形は「宇宙船」の取材で初対面の成田亨さんへあげてしまった。
ぼくはくれぐれも不遜だと思ったが、安井さんがあげてしまったのだ。まぁ、仕方がない。恥もかかないと。
安井さんは、高山さんへマスクを依頼した。LinkIconアンドロメロス
どっちが先だったか分からないが、高山さんは30センチの人形を作り始めたのも、安井さんの依頼で、怪獣人形を作れば、通っていた同人仲間みんなに見てもらえると楽しそうに始めた。
「怪獣でも、絵でも、残るのは一緒さ」と、高山さんはサラッと口にした。高山さんは職人気質の人だから、その気持ちは、ぼくもいろいろやってみて、なんとなしに理解出来るようになった。
DDHHJ.jpg写真は、千葉の別宅で。80年の夏休み。高山夫妻に招かれ、間宮氏と遊びに行った。向かって右から、高山夫妻、ぼく、間宮。

最初に遊びに行った帰りがけ、色紙を出してサインをねだったら、おれは芸能人じゃないからサインはどうもね、と言い、裏に好きな怪獣の名前を書く様に言われた。
しばらくして、連絡が来た。ぼくはペギラを描いてもらった。
ガラモン、大魔神、メフィラス星人、グドン、ツインテール、ピニヤをこの時、色紙に描いてもらっている。3人は同人誌のプレゼントにした。
あとは、みんな色紙を差し出すので(笑)。
ぼくだけ特別にもう1枚、描いてもらった。大魔神。
ペギラの色紙の絵は、ある人に見せてもらった本に勝手に使われていた。コピーをたやすく人へあげてしまうとそういう事になる。