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雑感

宇宙戦艦ヤマト

(再録)

09-11-28 「宇宙戦艦ヤマト復活篇」を観た

1350007044_249.jpgLOFT/PLUSONEの特撮イベント仲間でマイミクでもあるうろさんに誘われて、「宇宙戦艦ヤマト復活篇」の試写へ行って来た。
あと2人も同じような世代で、いい年したオジサンたちがヤマトだ怪獣だと騒いできた。
でも国際フォーラムに集まった4千人の招待客の大半がそんな感じだった。本当に当時からのファンで、すっかりオジサンになったりオバサンになった連中が同窓会のように日本中から集まった。
マスコミは、そういうところをポイントにすれば良いのに。みんなヤマトに乗りに来たのだ。今日だけヤマトのクルー! 
ぼくのヤマト体験は中学生に遡る。1作目の本放送から見ている。
日曜の夜7時半。8時から「日本沈没」のテレビシリーズが始まり、ぼくにとってその1時間半は黄金タイムだった。
ぼくは私立の小学校でやりたくもない受験勉強を強いられて私立の大学付属校へ入る。中高一貫の学校で、ぼくはすぐ登校拒否をした。落ちこぼれである。
ただ、いまにしてみれば、鬱病のたぐいであり、もし近所に専門医がいればぼくは薬漬けになったはずだ。ぼくを助けたのはオタクの道しかなかった。
ヤマトは希望の星だった。ささきいさおの歌にどれだけ助けられただろう。今日は、特別ゲストにささきいさおが来て主題歌と副主題歌を歌った。満場の手拍子と熱い視線で、ささきさんも嬉しかったに違いない。
ぼくは密かに「おれのいさお」だと思っている。そして「おれのヤマト」だとも。
それくらい、好きだった。
ささきさんは、ちょっと前に新作「ウルトラセブン」の新主題歌のプレス発表へ行って真ん前で生いさおを堪能させてもらった。本当は今日も雑誌でもやっていればプレスで入って、真ん前で聴きたかったぐらいだ。
「真っ赤なスカーフ」最高! みんなで真っ赤なスカーフを振ったんですよ。
宮川泰と阿久悠の昭和のムード歌謡のアニメ。
この2人はどれだけヒット作を産んだか知れない。そして葬儀の時の見送りの曲は2人ともヤマトだった。大人の歌を作った人たちが子供へ向けた歌で見送られた。子供たちが歌ってくれたかのようだった。
ぼくも死ぬ時にヤマトの歌で送って欲しい。
ささきさんは、今回の劇中歌を歌っているわけではない。アルフィーの方々が参画されている。そっちもけっこう良かったですよ。
ささきさんは宣伝用に呼ばれたのだ。
今回の監督でプロデューサーでもある西崎義展氏が、2つのエンディングを用意した。
と説明する。そして上映後、どっちが良いか真っ赤なスカーフを掲げてもらって決めます、みたいな流れもあったが、どうやらテレビCMなどで、4千人が協力した真っ赤なスカーフをちらちら振って「大ヒット ばんざーい!」が流されるので、そっちがメインのようだ。お客さんを宣伝に使う、西崎商法、健在なり!
西崎さんのことは、ま、いいや。どんなに俗っぽくてもどんなに商業主義でも、ヤマトの生みの親である事に変わりはない。好きな人種ではないが、尊敬だけはちょっとしている。だから足を運んだわけだが、近づきたくはない。だから、なんでもいい。面白い企画を展開するなら足を運びますから。
映画は、心配していたCGとアニメの差異はそれほど感じない。音楽も旧作を採り入れて、違和感はない。物語は書けない。まだ試写なので。
じゃあ、満足したのか?というと、それは言わぬが花。
ヤマトが発進する場面はゾクゾクっと来た。富山敬でない古代進も悪くはなかった。ただ、ちょっと尺が長すぎる。ぼくが監修ならあと30分は切ったと思う。もったいなくて切れないのだろう。しかし子供は飽きてしまうだろうな。
20年も30年もヤマトを好きな人は観ないと話になりませんよ。
ぼくにしたら、あれから35年目。こんな大人になってしまったけど、まだまだ古代になったつもりで頑張って仕事して、いつか森雪と出会いたいと思っている。