怪獣に染まる


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●怪獣に染まる!

p1-1.jpg高校生の頃、アニメブームが起きた。いや、中学の頃か。
「宇宙戦艦ヤマト」と「ルパン三世」の再放送が高視聴率を上げた。時は、「スター・ウォーズ」が上陸する前後。
要するに、ハリウッドの新進監督によるSF映画が革命的な面白さで映画の価値観を変えた。「ジョーズ」「未知との遭遇」・・・その前に「スーパーマン」がリメイクされて、要するに、60年代の映画やテレビで育った世代が映画を撮り始めたのだ。
だからある種の思い入れが伝わって来た。
ぼくは大学付属の中高一貫のマンモス学校に居た。学校がとにかく苦手だった。映画雑誌「ぴあ」の愛読者だったので、学校の帰りに文芸座や文化祭へ行く事だけが楽しみだった。
そんな出先で、同じ顔を見つける。
だから遠慮なく声をかけた。またかけてもらえた。
そんな連中が集まって怪獣の同人誌が始まった。
同人誌「neoFERAS」は最初は「FERAS」と言って、ラテン語からとった。なんの本だったか忘れた。トカゲの意味があった。
成城学園にある本多猪四郎監督の家へお邪魔して話を伺った。
監督は、ワケの分からない事を言っている高校生に親切だった。
でも人が増えると衝突が始まる。
ぼくは生意気だったし、みんな若かった。そこで枝分かれした。
新しい「neoFERAS」はどんどん大きくなった。会員は100人を越えた。
同人誌としては、1号ゴジラ特集、2号ウルトラマン、3号ウルトラQと、1センチの厚みの本を出した。
「怪獣雑記」と言う副会誌も7,8冊出した。
上映会もやった。「大怪獣決闘ガメラ対バルゴン」の16ミリを大映から借りてきた。円谷プロからは「マイティジャック」を借りた。
どちらも人が入った。イベントをする側に立ったのだ。
そこまでやってしまうと、もっと実像に近づきたくなる。
ぼくは怪獣映画の中でも怪獣そのものが好きだった。しかし、身長50メートル、体重2万トン、必殺技はどうの・等という絵空事ではない。
ラテックスの皮膚感に、子どもの頃、展示物で触れた記憶がある。
怪獣を作ってみたい!
そう思うのに時間はかからない。でもやり方がまったく分からない。
世の中はよくしたもので、ふつふつと、そんな要求に応える存在が生まれて来るんですねぇ。
朝日ソノラマが出した「宇宙船」の前身である「素晴らしき特撮映像のすべて」(竹内博、安井尚志、聖咲奇さんらがやった)の中で、怪獣人形の作り方が説明してあった。
そして現に、作っている人たちも居た。その1人は、今では名人になった品田冬樹さんが居る。原口智生さんともその頃、知り合った。
先達があるのだからやらない手はない。
まず銀座の画廊へ材料を探しに行った。ラテックスが必要だったからだ。
粘土で原型を作り、石膏で型を取り、ラテックスを流す。
なんだか簡単にやれそうな気がした。
いや、簡単じゃありませんよ(笑)。
あるいはウレタンを削る。形を出せば、表面へラテックスを塗れば完成する。いやそんな、簡単なもんじゃない(笑)。
でもやってみる事が大事なのだ。
試行錯誤といっても、闇雲にやる試行錯誤は悲しいだけだ。
ぼくは、ラテックスは魔法の粘土の様なもので、こねれば怪獣が出来ると思っていた。
そこで話が同人誌へ戻る。
2冊目の時。最初の怪獣ブームの際に、マスコミへ登場して、子どもだったぼくらの目に焼き付いた人がいた。成田亨と高山良策。
成田さんはその頃、消息がつかなかった。いろいろ八方手を尽くして連絡先を尋ねた。後に、「宇宙船」の取材で、師匠の安井尚志さんに同行して成田さんに会うまで、雲の上の存在だった。
高山さんはすぐに捕まった。
電話帳に出ていたのだ。そこで取材を申し込んだ。
高山さんに関しては、書く事は尽きないので、稿を改める。
ともかく、あのペギラやガラモン、レッドキングにゼットン、キングジョーに大魔神、ライオン丸を作った人と出会う事が出来た。
高校の帰り、ぼくは30センチほどの怪獣人形の粘土原型を作って、高山さんの家へ持っていった。
高山さんは、しょうがねえなぁと言う顔で、粘土原型に、こうした方が良いと手を入れてくれて、前後の分割線となる真鍮の切り金を刺してくれて、あまつさえ、石膏をかけてくれた。
あとは家に帰ってからラテックスを流す作業だ。
高山さんは、自身も30センチほどの人形を作り始めた。スポンサーは安井さんだった。展覧会でよく展示される怪獣人形は、そんな事で始まった。
1160126159932.jpg高山さんは、ぼくらにどんな怪獣を作ったら良いかリストアップしてくれと言うので、バルタン星人とゴジラを追加した。
バルタン星人は、高山さんではない。芯に使われたセミ人間は高山さんだったが、角や頬の肉を付けたのは、成田さんの助手の佐々木明さんだった。
ぼくらの熱心な薦めにバルタン星人なら作っても良いと言ってくれたが、ゴジラは嫌がった。
高山さんは、戦時中、東宝の教育映画に居た。特撮で、例えばアニモデルで橋の渡し方とか戦車の組み立てを映画で説明した。そういう美術をやっていた。
ところが東宝は戦後、労働争議が起きて、契約社員の首を切った。その恨みというか、アレルギーが高山さんにはあったようだ。職を奪われたのだから腹も立つだろう。今になって自分も実感する(笑)。
それにしても高山さんの人形は可愛くて、怪獣と言うより、妖怪だった。
高山さんのユーモラスな感覚が、もはやウルトラマンと戦う必要のない怪獣たちに可愛らしさを与えたような気がした。
とは言っても、それは名人の成せる技。
ぼくはただ、映像のあの迫力が出ないか、躍起になって怪獣の人形を作った。
LinkIcon怪獣人形・バルタン星人を作る